長い長いさんぽ
それは、僕が猫飼いになる前に読んだ本。ご存知の方も多いかもしれませんが、その本のタイトルは「長い長いさんぽ」。 作者の須藤さんは、ゆずという猫を飼っていた。その実録漫画を幾つか出版していた。
「長い長いさんぽ」は、そのゆずシリーズに入らなかった未収録作品と、2005年にコミックビームに掲載された話で構成されている。そのうち、コミックビームに掲載された「長い長いさんぽ」という前後篇の話が、この本のタイトルになっている。
まず、言ってしまうと、このゆずが死んでしまう本だ。
本には帯があって、そこにはこう書かれている。
ゆずとの最後の日々、 老境にさしかかった須藤真澄の愛猫・ゆず。 彼の可笑しく、おマヌケな日常。 そして、ついやってきた最期—-。
非常に不吉な帯だ。誰が見ても、「ああ、そういうことなんだな」 つまり、これは警告なのだ。あのゆずが死んでしまいますよと。
この本には、しおりが付いている、ゆずが星の王子様の格好のしおり。 これは、第二の警告だ。星になった王子様ゆずの話だという。
この単行本は、別々の雑誌に掲載されていた漫画を一つにまとめてる。 一貫して、作者が飼っているゆずという猫の話になっているが、 出版社が違う。話のテイストも違う。
しかし、この本では、それをストーリーとして、話の構成として、上手く組み込んでる。 これはより、読んだ時の心をより動かすものとなっている。
前半部分が、ゆずシリーズの話、後半部分が、長い長いさんぽの話。
前半のゆずシリーズは、よくある漫画家の猫自慢漫画になっている。 須藤さんの絵柄で、とても特徴的なのは、実線で描かれるところが、 一点鎖線、つまり、破線の間に点を入れた線で表現されているのである。 それが絵本のような独特な雰囲気を出していて、温かい柔らかい印象を感じさせる。 ゆずも非常に可愛らしい。 ここは、読者を油断させるためのパートだ。
油断させきったところで、最後の警告が入る。 差し込まれた一つのコマ、宇宙船に乗った時空パトロールの作者が、のんきにゆずと遊んでいる作者に注意を促してる。しかしゆずに夢中の作者は話を聞いていない。
これらの警告は全て、単行本で追加された。 コミックビーム掲載時、あまりに衝撃的な内容に、話題になったと後に聞いた。 それゆえ、単行本化の構成により、より強力になった話のバランスを取ったんではないだろうと僕は考える。
初めて読んだ時
僕はこの本を、出勤前に本屋の新刊コーナーで手に取り、すべての警告に気づかず、電車の中で読みだした。
すぐに僕に頭痛がやってきた(と思われなければいけない)。 とても急にやって来た(と思われなければいけない)。 昨日徹夜したからか、寝不足だからかもしれない(と思われなければいけない)。 片手で本をしまい、もう片方の親指と中指で目頭を押さえ、メガネをずり上げ、膝見る。 頭がいたいのであって、こぼれ落ちる涙を見せないようにしてるわけでないのだ。 だれでもない、周りの人間にそう思わせなければならない。 大の大人が、出勤前の電車の中で潤んだ目で鼻をすする姿を見せるわけにはいかない。
もし、だれかがこの本を読むとしたら、家の静かな部屋で一人きりで読むことをおすすめする。
最後の警告を超え、ページをめくると見開きのページが現れる。 ここからは、帯の最終行の部分がやってくる。 それまでは、ゆずの話だった。 ここからは、人間の話だ。
愛するモノを失った人間のギリギリの精神状態。
つまり、これは一冊の本のなかで、 前半の猫の事を描いてあり 後半はそれに関わる人間の事を描いてある 二つの異なるパートで描かれた漫画である。 猫飼いにはかならず訪れる辛い辛い日が書かれている。 うちの嫁は、思い出しただけでも、涙が出てくると言って 極力考えないようにしているぐらいだ。
そして、家に帰りじっくり読んだ。 その後何年も思い出したように何度も読んだ。 辛くて辛くて涙が止まらない。でも自分も通る道だろう。 作者のゆずへの愛と、ゆずは幸せだったろうと思いが身にしみる 僕の大好きな漫画です。